これを本編とするなら、この曲のMVはダイジェストみたいな感じになるのかな。
そんでこれ、凄く感動したのでこの気持ちをどこかに吐き出したく、
筆をとった次第であります。
この曲は、演出と脚本をドラマーのBenny Horowitzが務めているようで、
レコードの一生、そしてそれが所有者へ与える影響を描いたものだそう。
彼によると、
”私はデジタルミュージックがない時から、音楽に惚れ込んでる。
音楽産業の全ての音楽の形式が変わったとしても、それは変わらない。
その波を通り抜けて音楽を好きになるっていうのは興味深いことだ。
レコードがない人生なんて考えられない、そんな生活は想像できないよ。”
とのこと。
自分も少しはレコード持ってるけど、
プレーヤーを持ってないため聞くことができず、完全にコレクションと化している。
でも彼が示してる気持ちは、
自分がCDに対する感情と、データだけでやりとりできる音楽に対する感情みたいな感じなのかな。
まずはフィルムをご覧あれ。
ジッポをいじるのが癖の男が、タバコをふかしながら家のガレージで曲を作っている。
それをバンドで演奏しているうち、いつしかその曲はレコードになった。
ある日ライブハウスでそれを演奏していると、1組のカップルが見に来る。
そしてその曲とレコードはカップルにとって思い出深いものとなった。
だけどおそらく、2人は別れてしまったんだとおもう。
女性が置いていったレコード。
そこには、この曲を聴いて私を思い出して、というメッセージ。
そして時は流れ、青年は家を離れることになる。
その青年の父親が、息子が去った後、彼の部屋で思い出に浸る。
そこで見つけたのが、1枚のレコード。
息子が残して行ったレコード、そこ父親は何やらメッセージを書き込む。
そして父親はそのレコードを近所の子供に譲る。
親父はきっと、
「息子が置いていったものなんだけど、家に置いとくのもなんだからよかったら聞いてみて」
そんな感じで渡したんじゃないかと思う。
そしてレコードを受け取った少年。
家に帰って、もう使っていないであろう埃をかぶったレコードの再生機器を引っ張り出し、
曲を再生する。
少年もまた、レコードのカバーに何かを書き込む。
時は流れて、少年もいい年になった。
ある日、ガレージを整理しているとあの日のレコードが出てくる。
少し思い出に浸るものの、レコードを中古屋へ持ち込む。
大したお金にはならないものの、男性はレコードを売却することに。
古びたレコードに付けられた値段は2ドル、セールの棚に並べられる。
ある日、一人の老人がそのショップへやってくる。
老人は、手元でジッポをいじるのが癖のよう。
そう、この男性は最初に出てきたガレージでギターを弾いていた男で曲の作曲者。
そこで老人は見覚えのあるレコードを見つける。
そう、過去に自分が出したレコード。
老人はそれを手に取り、レジへ向かう…
会話もほぼないムービーだけど、大体はこんな感じだと思われます。
特に後半から胸にグッとくるものがあり、
老人がジッポいじりながらレコ屋に入ってくるところは一気にジーンときた。
最後にレコードを手にした老人は曲を聴きながら、
書き込まれたメッセージを見つけて、
自分が生み出したレコードがどんな人生を送ってきたのか、タバコをふかしながら「想像するんだろうな。
父親や少年がカバーに何を書き込んだのかはわからないけど、
大事なのはそれがHandwritten、手書きだったってことだと思う。
書かれていた文字から連想される思い出や感情。
それらは個人個人で違うかもしれないけど、レコードという媒体を通して伝わっていく。
それはデジタルデータでのやりとりでは生まれないもので、
アナログだからこそ、伝わっていくもの。
この曲に込められた思いは、そういうものなんじゃないかと思っている。
そういう楽しみがアナログにはある。
形のないデジタルデータでは伝わらないもの。
形のあるアナログ盤から伝わってくる、形のない思い。
これは回顧廚の思い出の美化なんかではなく、デジタル全盛期だからこそ、
アナログの時代を知らない人にも、良さを伝えるものなんじゃないかと思う。
僕から以上。

















