Sunday, September 1, 2013

タイタンズを忘れない


人種差別が色濃く残る1970年代。
アメリカ、ヴァージニア州
白人黒人混合の高校フットボールチーム「タイタンズ」が州を制覇するまでを描いたお話。

スポーツの力ってホント素晴らしい。
インビクタス、僕はラジオなど、アメフトとはこんなに素晴らしいものなのかと思っちゃう。
どれも実話が基になってるし。
「幸せの隠れ場所」って映画もアメフト系実話物らしいから見てみたい。

脚色部分など

人種間の軋轢
劇中:かなり誇張して描かれている。
実際:高校内の軋轢は、3校が合併したから、というのが大きな理由の模様。
でもやはり黒人と白人のトラブルはあった。
でもタイタンズの優勝はコミュニティの結束に大きな役割を果たした。

ゲリーが事故を起こした時期
劇中:最終戦の前
実際:シーズン後

決勝戦
劇中:接戦
実際:楽勝

まぁ、映画だし、実話より劇中の方がわかりやすくていいと思うよ。
(参考:タイタンズを忘れないの映画と事実・ソースは不明)


劇中歌

あと音楽がGood!
まず劇中でも選手が歌ってた
"Ain't No Mountain High Enough"-Marvin Gaye & Tammi Terrell

どっかで聞いたことある曲。
12月8日追記:天使にラブソングを2 のEDだった!どうりで。

"Peace Train"-Cat Stevens

最近アコースティックなの好きな自分にとってはグッときた。

"Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye"-Steam

最後、葬式で口ずさんでたのはこの曲か…

"A Hard Rain's A-Gonna Fall"-Leon Russell

Bob Dylanのカバーのようです。

とりあえずサントラ確認して気になったのはこんな感じでした。
作中の曲は実際に1970年代にヒットした曲が使われてるみたいです。

いい映画だった。
僕から以上

Saturday, July 6, 2013

Another Earth

邦題:アナザープラネット というややこしい作品
邦題もアナザーアースでいいじゃん。
という訳で、タイトルを見たとたん思い浮かんだのがバクマンの「二つの地球」。
宇宙に地球と全く同じ星があって、住んでる人間もまるっきり同じ、という設定。
どんなSF冒険活劇かと思って見てみたら、中身は全然違った。

もうひとつの地球の住人とオリジナルをめぐって殺りあう話ではない

順風満帆な人生を送っていた女子大生ローダが自分の罪に葛藤するお話。

ある日飲酒運転で事故を起こし、2名の命を奪ってしまったローダ。
出所後も罪の意識に悩まされて生きていた。
そんな時、世間を騒がせていたのは空に浮かぶもうひとつの地球の話。
ローダはもうひとつの地球に行くことができたら、人生をやり直せるかも…なんて考えていた。



映画を見終わって、正直
ん?
ってなった。

なぜローダがもう一人いるの?
2つの地球が元々全く同じで、お互いを確認し合ったところから2つの地球は同期しなくなった。
アナザーアースが発見されたのが、ローダが事故を起こす前。
だからもうひとつの地球に行けば、ローダは事故を起こしてなくて、
死んだ二人は生きてるかも?
だから被害者の男性にアナザーアース行きのチケットを譲った。

ここまでは分かった。
ローダは男にもとの人生を取り戻してあげたかったんだよね。

で、僕の結論は、ローダの選択は「逃げ」だったと思う。



男のことを考えてみよう。
もしかしたらアナザーアースでは妻と子供は生きてるかもしれない。
でももし生きていたとしても、あっちでは男と妻と子供が3人で暮らしてるわけで。
その目の前に男が現れたら3人はどう思うだろう?
そう考えると男が救われたとは考えにくい。

男の人生が少しでも良くなるように、と思ってチケットを渡したのは嘘じゃないはず。
だけど、それで罪の意識から解放されたい、という思いも心のどこかにはあったはず。
でもローダは男に許されたわけじゃないし、物事の本質は解決してないと思う。
だから結果的にローダの選択は「逃げ」となってしまったんじゃないかと思う。

最後に目の前にもうひとりのローダがいたのも、それを表してるんじゃないかと思う。
ローダは事故を起こさなければ、順風満帆な大学生活を送っていたはずなんだから、
こっちの地球に来る理由がない。
彼女がもうひとつの地球に行きたいと思ったのは、
「あっちなら、人生をやり直せるかも」と考えたから。
つまりアナザーアースの彼女はあっちでも事故を起こし、
人生をやり直すためにこっちに来たんじゃないかと思った。

そうなると、どっちのローダも救われないよね。
元の地球のローダは罪の意識から解放されたと思ったのに、
目の前には罪から逃げ出そうとした自分がいる。
あっちからこっちにきたローダは、罪から逃れようと思ってこっちに来たのに、
目の前には男にチケットを譲った自分がいる。

葛藤の末にたどり着いた答えなのに、目の前には真逆の答えが示される。
この映画が言いたいのは、
「自分が犯した罪からは決して逃れることはできない」
ってことなのかなと思った。

ちょっと暗い解釈になっちゃったなぁ。



でもネットでいろんな感想を見たら、またわからなくなってきたかも。

心に引っかかったのがローダが入院している清掃員のおじいちゃんに
「自分を許して」と語りかけるところ。
おじいちゃんはきっと過去の罪に対して、戒めとして自分を罰することで、
罪と向き合っているのだと思う。
そんな彼にローダがかけた言葉が「自分を許して」ということ。

そうなると彼女も自分を許すための方法として、
男にチケットを譲ることにした、ということだろうか。
でも自分を許してハッピーエンドと考えると、最後のもうひとりのローダがどうしてもわからない…



もういっかい見たら、感想がまた変わりそう。
そしてローダ役のブリット・マーリングが可愛かった。

そんな映画だった。
僕から以上。

HOLES


穴。

という映画を見た。

サム・ウィトウィッキーが窃盗の濡れ衣を着せられ、
タコ部屋みたいなとこでひたすら穴を掘る話。

気弱な少年が、穴を掘ることで仲間との交流を深め、成長していく話。
こう書くと聞こえはいいけど、
ここでの交流、成長って言葉には、ポジティブな意味もあるし、そうじゃない意味も含まれてる。
でも最後には、所々の話にきちんとオチがついて、スカッと気持ちよく終わる。
わかりやすいストーリーで、子供の頃見てたらグーニーズと共に大好きになってただろうなぁ。

ある意味では「穴を掘ることで自分を見つめ直す(棒)」って施設の方針()は正しかったのかもね?
なんてね。



蛇足だけど、昔聞いた穴についてのお話でこんなのがあった。

謎の穴があって、「おーい」と声をかけてみたけど、反応はない。
そこに小石を投げ入れてみたけど、音すらしない。
その後いろんなものを投げ入れてみるけど、穴が埋まる気配は一向にない。
なんとも不思議な穴だけど、こりゃ便利だってことで、
皆はいらなくなったものをそこに捨てるようになる。
穴の噂は広がって、ゴミやら産業廃棄物やらがそこに捨てられるようになる。

その頃、地球の裏側では。
突然空から「おーい」という声が聞こえてきた。
不思議に思って空を見上げると、今度は小石が落ちてくる。

ここでこの物語はおしまい。
最初HOLEって映画見つけたとき、この話かな?と思ったけど違ったみたい。
この話、調べてみたら「おーい、でてこーい」っていうお話のようです。
そんな子供の頃に聞いた話が「HOLE」を見たきっかけでした。
終わり

僕から以上。

Saturday, June 22, 2013

頑固なじいさんが、グラン・トリノみたいな男らしい生き方をする話。




って言うと聞こえはいいけど、妻を失ったウォルトの生活はどこか虚しい。
息子には施設に入るように勧められたり、孫にはもしウォルトが死んだら車の所有権は誰のものかと尋ねられたりと、家族のあいだに確執ができている。

そんな彼の生きがいは、愛車のグラン・トリノ。
ピカピカに磨いてビールを飲みながらグラン・トリノを眺めるのが、彼の楽しみ。

一方彼の隣には、モン族のスーとタオの一家が暮らしている。
スーは気の強い女の子、それに対しタオはどこか頼りない男の子。

彼らにはチンピラの従兄弟がいて、彼はいまいちパッとしないタオを「男」にしようとそそのかす。
その「男」になる条件というのが、隣にあるグラン・トリノを盗む、ということだった。

そんな人たちが絡み合うお話。



ちなみにウォルトの愛犬のワンちゃんが従順で可愛い。
ご主人様のことを考えるワンちゃんの図。
名前はデイジー。
ウォルトの性格からしてきっと他人の家に預けられたことなんてないだろうから、
ご主人様が帰ってこないってことをなんとなくわかってたんじゃないかな?

ご主人様の葬式に向かうタオとスーを見送るデイジー。
このワンちゃんが愛しくてしょうがない。

頑固一徹


この映画で印象的なのが、復讐に燃えるタオに対し、ウォルトが勲章を授けるシーン。
この勲章は、ウォルトが戦争で敵国に攻め入り、一人だけ生き残って作戦を成功させたことに対する勲章。
きっとウォルトは、なよなよだったタオが成長し、「復讐する」というまでに勇気を持つことができるようになったこと、そして生き残れというメッセージを込めて、タオに勲章を授けたんじゃないだろうか。

生きて戻れるかどうか、という問いに対して「だから渡すんだ」と答えたところを見ると、生き残ることが大切ってことなのかも。

そしてウォルトが立てた作戦が、単身丸腰で特攻。
スーとタオが傷つかないように立てた作戦がこれだろう。
もし相手を皆殺しにできなければ、またスーとタオが報復を受ける。
そうならないためには、目撃者の多いところで自分が無残に殺されれば、チンピラどもは法の裁きを受けるだろうというもの。

結局ウォルトは家族との確執がなくなることなく死んでしまったけど、
彼なりのやり方で彼なりのケジメをつけた。
そういうところがやっぱり頑固で、でも己の信念を貫くところはかっこいい。



ハッピーエンド、とはいかず、心のどこかに引っかかりを残すものの、ウォルトの信念をもった(ただ頑固なだけ?)生き方に天晴れと言いたくなった。
問題が全て解決したわけじゃなくて、チンピラが出所してきたらどうしよう、とかスーの顔の傷は消えたんだろうか、とか不安に思うことが幾つかある。
でもそんなところとか余韻とかを味わうのが作品の楽しみ方なのかなとも思う。
僕から以上。

Saturday, May 25, 2013

モリー先生との火曜日



この映画の原作はアメリカのジャーナリスト、ミッチ・アルボムによって書かれたノンフィクションの本で、モリー・シュワルツ教授が死を前にして、かつての教え子であるミッチに贈った「最後の授業」を記録したものである。Wikipedia先生より引用)



頭の中を色んな考えがぐるぐる回ってどうすればいいかわからなくなることがある。
モリー先生の言葉はそこにすっと入ってきて、行き先を導いてくれる。
でも少し進むと、やっぱり道がわからなくなって、
モリー先生の導きを求める。
そんな映画



劇中で何度も出てくる印象的なセリフ

「人は愛し合わねば、死んでしまう」
「依存について。私は生活のすべてを人に依存して生きている。現代の文化ではそれを恥じることが多い。でもそれは恥ではない。人間は、生まれたとき、すべてを依存しなければ生きることができない。死ぬ時もそうだ。その間もそうだ。」

人は愛し合わねば、死んでしまう。という言葉の一例がこのセリフに表れていると思う。

モリー先生は誰かに介護してもらわなければ生きることができない。
赤ん坊だって誰かに世話してもらわなければ生きることができない。
じゃあその間はどうだ?
その間だってそうだろう?。
そしてその介護や世話というのは、愛がなければ成り立たない。
だから
「人は愛し合わねば、死んでしまう」
ということにつながるのかなと思った。

「死に方を知れば、生き方を知ることができる」
「老いるのが怖いのはそれまでの人生に意味をもたらしていないから」
「今日が私の死ぬ日か?
悔いのない人生だったか?
望む人間になれたか?
それを自問自答する。
死ぬ覚悟が出来ていてば、人生が変わってくる。
毎日行えば、大事なことを後回しにしない。」
過去を振り返っては今の自分を嘆いたり、年月が過ぎるのが怖かったり
っていうのは自分にはよくあること。
だからこのあたりは特に響いた。



全編を通じてモリー先生の言葉にはいろいろ考えさせられた。
なるほどと思うこともあったし、どういう意味なんだろうと思うこともあった。
それは彼が病床の老人だからというわけではなく、我々が直面する問題の本質を捉えているからなのだと思う。
人生に行き詰まったとき、この映画を見ればどこかに進む先を見つけることができるような感じがした。

ちなみに、モリー先生は「12人の怒れる男」の主人公(?)陪審員8番役のジャック・レモンだそうだ
僕から以上。

Thursday, March 7, 2013

Gaslight Anthem "Handwritten"

ショートビデオをご紹介。
これを本編とするなら、この曲のMVはダイジェストみたいな感じになるのかな。

そんでこれ、凄く感動したのでこの気持ちをどこかに吐き出したく、
筆をとった次第であります。

この曲は、演出と脚本をドラマーのBenny Horowitzが務めているようで、
レコードの一生、そしてそれが所有者へ与える影響を描いたものだそう。

彼によると、
”私はデジタルミュージックがない時から、音楽に惚れ込んでる。
  音楽産業の全ての音楽の形式が変わったとしても、それは変わらない。
  その波を通り抜けて音楽を好きになるっていうのは興味深いことだ。
 レコードがない人生なんて考えられない、そんな生活は想像できないよ。”
とのこと。

自分も少しはレコード持ってるけど、
プレーヤーを持ってないため聞くことができず、完全にコレクションと化している。
でも彼が示してる気持ちは、
自分がCDに対する感情と、データだけでやりとりできる音楽に対する感情みたいな感じなのかな。


まずはフィルムをご覧あれ。



ジッポをいじるのが癖の男が、タバコをふかしながら家のガレージで曲を作っている。
それをバンドで演奏しているうち、いつしかその曲はレコードになった。
ある日ライブハウスでそれを演奏していると、1組のカップルが見に来る。

そしてその曲とレコードはカップルにとって思い出深いものとなった。
だけどおそらく、2人は別れてしまったんだとおもう。
女性が置いていったレコード。
そこには、この曲を聴いて私を思い出して、というメッセージ。
そして時は流れ、青年は家を離れることになる。

その青年の父親が、息子が去った後、彼の部屋で思い出に浸る。
そこで見つけたのが、1枚のレコード。
息子が残して行ったレコード、そこ父親は何やらメッセージを書き込む。

そして父親はそのレコードを近所の子供に譲る。
親父はきっと、
「息子が置いていったものなんだけど、家に置いとくのもなんだからよかったら聞いてみて」
そんな感じで渡したんじゃないかと思う。

そしてレコードを受け取った少年。
家に帰って、もう使っていないであろう埃をかぶったレコードの再生機器を引っ張り出し、
曲を再生する。
少年もまた、レコードのカバーに何かを書き込む。

時は流れて、少年もいい年になった。
ある日、ガレージを整理しているとあの日のレコードが出てくる。
少し思い出に浸るものの、レコードを中古屋へ持ち込む。
大したお金にはならないものの、男性はレコードを売却することに。
古びたレコードに付けられた値段は2ドル、セールの棚に並べられる。

ある日、一人の老人がそのショップへやってくる。
老人は、手元でジッポをいじるのが癖のよう。
そう、この男性は最初に出てきたガレージでギターを弾いていた男で曲の作曲者。
そこで老人は見覚えのあるレコードを見つける。
そう、過去に自分が出したレコード。
老人はそれを手に取り、レジへ向かう…



会話もほぼないムービーだけど、大体はこんな感じだと思われます。
特に後半から胸にグッとくるものがあり、
老人がジッポいじりながらレコ屋に入ってくるところは一気にジーンときた。
最後にレコードを手にした老人は曲を聴きながら、
書き込まれたメッセージを見つけて、
自分が生み出したレコードがどんな人生を送ってきたのか、タバコをふかしながら「想像するんだろうな。

父親や少年がカバーに何を書き込んだのかはわからないけど、
大事なのはそれがHandwritten、手書きだったってことだと思う。
書かれていた文字から連想される思い出や感情。
それらは個人個人で違うかもしれないけど、レコードという媒体を通して伝わっていく。
それはデジタルデータでのやりとりでは生まれないもので、
アナログだからこそ、伝わっていくもの。
この曲に込められた思いは、そういうものなんじゃないかと思っている。

そういう楽しみがアナログにはある。
形のないデジタルデータでは伝わらないもの。
形のあるアナログ盤から伝わってくる、形のない思い。
これは回顧廚の思い出の美化なんかではなく、デジタル全盛期だからこそ、
アナログの時代を知らない人にも、良さを伝えるものなんじゃないかと思う。

僕から以上。

運命の至る場所

先月用事で出かけた時、時間があるから何しよかなぁー
と地下鉄に乗って考えていた。

そういや、この地下鉄ピンドラにでてきてたよなぁ…

そうだ、ピンドラの舞台となった場所に行こう!
聖地巡礼とやらに!


そんな訳で

ネットでしらべながら行脚してまいりました。
ノルニルと少年よ我に帰れを聴きながらね。
ちなみに以下のサイト様を参考にさせていただきました。
そうだ、聖地にいこう。
輪るピングドラム 舞台探訪(聖地巡礼)マップ
感謝。
以下、写真投下。



              晶馬が通ってるスーパー

              2話で冠葉と晶馬が苹果ちゃんをつけ回していた時のデパート



              駅  





              苹果ちゃんが多蕗を呼び出したピングドーム付近



              冠葉がいつものものを貰ってた場所。

              晶馬が苹果ちゃんに過去の話をする神社
              晶馬と冠葉が殴りあった神社でもありやす。

             そして、ここを一番探した
             高倉家付近


他にも撮ったけど、僕がちゃんと覚えてたのはこれくらいだった。
写真撮るのってムズカシイネ…

ここで晶馬は買い物してんだ~ とか
ここで多蕗は苹果ちゃんに変な飲み物飲まされたのか~ とか
色々と浸りながら巡ることができ、痺れました。

家に帰ってから出てきた場所チェックしたくて作品をつまみ見たり、
色んなサイトの感想や考察を読んだりした。
うぬ。
やっぱりいいな。
ファビュラスマックスでした。



そしてpenguinbear projectには幾つか写真がアップされているようで。
次の舞台?アフレコ現場?絵コンテ?
なんやら気になる写真がアップされているのう。
超展開期待してんだ~♪

そんなこって
僕から以上!

やくしまるえつこメトロオーケストラ『少年よ我に帰れ』

Sunday, January 20, 2013

借りは返した [借りぐらしのアリエッティ]



借りぐらしをする小人の映画を見ました。
そうです、アリエッティです。


あらすじ
 人間から必要な物を「借り」て生活する小人、アリエッティ。
 人間に見つからないように暮らす彼女と、
 それに気づいてしまった病弱な少年、翔のお話。


感想

印象に残ったシーンが2つ
1つは会話のところ。
 「君たちは滅びゆく種族なんだ。」 と語る翔。それに対し、
 「なんとしても生き延びなきゃいけないってお父さんが言ってた。」
 「私たちはそう簡単に滅びたりしないわ。」 と応えるアリエッティ。すると今度は
 「そうだね。死ぬのは僕の方だ。心臓が良くない。」 と、生きることに対して弱気な態度を見せる翔。

だけどアリエッティのことを見ていくうちに、
最後には
 「生きる勇気が湧いた。君は僕の心臓の一部だ。」
という翔。

小さいながらも色んな工夫をして必死に生きるアリエッティ達。
そんな姿を見てたら、生きることに悲観的になってられないし、
頑張って生きようって気持ちになりますわ。



印象的なシーン2つ目。
先代から伝わる「小人」の存在を感じることができた大叔母。
子供の頃のおとぎ話が、長い年月を経て本当だったと感じるシーンは素敵だった。
だけと、そのせいでアリエッティたちは引っ越さなきゃならなくなったんだよなぁ。

現実は優しくない、過酷だな。
真夏日にサウナでキャンプファイヤーするくらい過酷。
そんな感じの感想ですた。
でもまぁ、きっと僕たちの知らないところで上手く暮らしていくんだろうな。


個人的に1番良かったのがBGM♪

主題歌を歌ってるのがフランスのCecile Corbel(セシル・コルベル)という方。
劇中でも何度か歌が流れるんだけど、
透き通るような声とキラキラしたハープの旋律がとても心地いい。
ケルト?ブルターニュ?よくわからんけど、
そんな感じの音楽がもうホントに爽やかで気持ちいい。
心が洗われるような感じ。

セシル・コルベルをYoutubeで見てたら、
フォークメタルはこういうところが源流の1つになってるんかなぁと思った。



アリエッティが角砂糖を返しに行くときの、
ホイッスルが鳴ってる、トラディショナルな感じのArrietty's Songがすごく好き。

サントラ聴きたい!
某レンタル屋に置いてないかな?
「借り」に行こうかな。



そもそもこれを見たきっかけは、
Princess Ghibliに収録されてたアリエッティの曲に心を鷲掴みにされたから。

改めて聞くと、カバーが良くなるのはやっぱり原曲の良さあってこそだよなぁ
と実感。
Disarmonia Mundiの曲ってことはエットレさんの仕業なのかな?すげーっす。

ってことで僕から以上!