Thursday, May 22, 2014

Prison Break #2 Allen


1話でわかったのは、大統領の弟を殺したとして投獄されたリンカーンを救うために、マイケルがフォックスリバーに入ったということ。マイケルがどんな脱獄計画を立てているかは明らかになっていないけど、彼が賢くてスマートに物事を進めていく人間だということは分かった。利用できるものは利用して脱獄してみせる、脱獄なんてそう難しいことじゃない、とでも言いたげなマイケルの面持ち。
だけど2話では、そんなマイケルの考えなんて甘かったと痛感させられる話になっている。

Pickup Scene

重要人物の登場
今回登場する人物で、物語を通してマイケルの計画を邪魔しようとするヤツが登場する。

そう、ティー様ことティーバッグである(※左の人です)

T様役のロバート・ネッパーによると、
”ヒーローに勝ちを譲ったら、話は終わり”
なんだそうだが、この言葉はまさにティーバックそのものを示していると思う。

手に入らない大切なもの
白人と黒人の軋轢がある檻での暮らしの中で、マイケルの計画は思うように進まない。
パグナックも、アレンのボルトもどちらも手に入らず、苛立つマイケル。


刑務所の中の恐怖
そんな中、ここは刑務所だということを実感させられる出来事が起こる。
黒人と白人の間に渦巻いていた緊張は、暴動というかたちになって弾ける。
その中でボルトを取り返すけれど、T様の”彼女”を殺したと勘違いされ、彼に狙われることになる。
”刑務所”という過酷な環境に身を置くことの恐ろしさを体験したマイケル。
でもその”勘違い”のお陰で、黒人の信頼をちょっぴり取り戻し、パグナックを手に入れることができた。でもT様に目をつけられたというリスクはでかすぎる。



テリブルな環境の中ではあるけども、アレンのボルトを手に入れたことで、シュワイツァーのトイレのネジを外すことに成功する。怯えながらも計画を進める姿には、何としてでも脱獄するという、強い意志を感じる。
でも、”また1歩脱獄に近づいた!”
…とは簡単に行かないのが皮肉なことにこの物語の面白さでもある。




フィバナッチの居場所を問われるマイケルの図










チョキン!
















という効果音を残して2話は終わる。

スマートに話が進みそうと、思わせぶりな1話だったけど、2話にして崖から突き落とす展開。
ジェットコースターのような話の展開、1歩進んでは2歩引きずりもどされ…と思うようにことが運ばないのも、この話の面白いところです。

僕から以上。

Tuesday, May 20, 2014

Prison Break #1 Pilot 



脱獄物にハマるきっかけとなった作品

僕が好きな海外ドラマ”プリズン・ブレイク”について
先日1stシーズンが50%OFFだったので、ついつい購入。
高校の時に深夜にTVで放送していたのをずっと見ていたこのシリーズ。
TV放送だから吹き替えで見ていたので、その声の方が印象的なドラマ。
点と点が繋がって線になっていくような、
バラバラのピースを合わせていくけれども、幾度となくバラされて...
それを繰り返しながら物語が進んでいくのが魅力の作品だと思います。

せっかくだからじっくりと見ていきたいと思います。


タイトル

1話の原題が"Pilot"で邦題が"マイケル"
ここでのPilotの意味は先導者・案内人って意味になるのかな。


Pickup Scene

設計図
1話の最後にリンクとマイクの
 Link "図面をみた?"
 Mike "見たどころか、体に書き込んできた"
ってやりとりがあるが

マイケル役のウェントワース・ミラー曰く、
 ”どれが設計図なのか僕にもわからないよ”
 ”肉眼では見えない、図面は絵のなかに組み込まれている”
とのこと。

図面の他にも脱獄に関する様々なヒントがタトゥーの中に溶け込んでいるのだが、ウェント曰く、
 ”僕には難解過ぎて、意味がわからない”
とのこと。

きっと多くの人が同じことを思っているハズ。


手の震え


1話でマイケルが診療室から外のケーブルを眺めているときに、手を震わせるシーンがある。
あの描写は、後々マイケルが鼻血を出していくことに繋がるのか。
それとも、ただの武者震いなのか。
そこがちょっぴり気になったシーンだった。


なぜスクレは個室で面会?

なにをするかはさておいて…

個室での面会はconjugal visit [夫婦面会] と呼ばれるもので、パートナーとの絆を保つこと等を目的として与えられる面会。
囚人の作業能率を上げるために行ったのが起源だとか。
模範囚に対するインセンティブとして行われたり、囚人だけでなく配偶者に対しても厳格なルールが適用されたりと、場所によって条件や規則が色々ある模様。
夫婦面会に関してはこんな記事もあった→刑務所で確かめ合う愛



1話はそんなところで。
最後の”体に書き込んできた”って終わり方は、見事な引きだと思います。
僕から以上。

Sunday, September 1, 2013

タイタンズを忘れない


人種差別が色濃く残る1970年代。
アメリカ、ヴァージニア州
白人黒人混合の高校フットボールチーム「タイタンズ」が州を制覇するまでを描いたお話。

スポーツの力ってホント素晴らしい。
インビクタス、僕はラジオなど、アメフトとはこんなに素晴らしいものなのかと思っちゃう。
どれも実話が基になってるし。
「幸せの隠れ場所」って映画もアメフト系実話物らしいから見てみたい。

脚色部分など

人種間の軋轢
劇中:かなり誇張して描かれている。
実際:高校内の軋轢は、3校が合併したから、というのが大きな理由の模様。
でもやはり黒人と白人のトラブルはあった。
でもタイタンズの優勝はコミュニティの結束に大きな役割を果たした。

ゲリーが事故を起こした時期
劇中:最終戦の前
実際:シーズン後

決勝戦
劇中:接戦
実際:楽勝

まぁ、映画だし、実話より劇中の方がわかりやすくていいと思うよ。
(参考:タイタンズを忘れないの映画と事実・ソースは不明)


劇中歌

あと音楽がGood!
まず劇中でも選手が歌ってた
"Ain't No Mountain High Enough"-Marvin Gaye & Tammi Terrell

どっかで聞いたことある曲。
12月8日追記:天使にラブソングを2 のEDだった!どうりで。

"Peace Train"-Cat Stevens

最近アコースティックなの好きな自分にとってはグッときた。

"Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye"-Steam

最後、葬式で口ずさんでたのはこの曲か…

"A Hard Rain's A-Gonna Fall"-Leon Russell

Bob Dylanのカバーのようです。

とりあえずサントラ確認して気になったのはこんな感じでした。
作中の曲は実際に1970年代にヒットした曲が使われてるみたいです。

いい映画だった。
僕から以上

Saturday, July 6, 2013

Another Earth

邦題:アナザープラネット というややこしい作品
邦題もアナザーアースでいいじゃん。
という訳で、タイトルを見たとたん思い浮かんだのがバクマンの「二つの地球」。
宇宙に地球と全く同じ星があって、住んでる人間もまるっきり同じ、という設定。
どんなSF冒険活劇かと思って見てみたら、中身は全然違った。

もうひとつの地球の住人とオリジナルをめぐって殺りあう話ではない

順風満帆な人生を送っていた女子大生ローダが自分の罪に葛藤するお話。

ある日飲酒運転で事故を起こし、2名の命を奪ってしまったローダ。
出所後も罪の意識に悩まされて生きていた。
そんな時、世間を騒がせていたのは空に浮かぶもうひとつの地球の話。
ローダはもうひとつの地球に行くことができたら、人生をやり直せるかも…なんて考えていた。



映画を見終わって、正直
ん?
ってなった。

なぜローダがもう一人いるの?
2つの地球が元々全く同じで、お互いを確認し合ったところから2つの地球は同期しなくなった。
アナザーアースが発見されたのが、ローダが事故を起こす前。
だからもうひとつの地球に行けば、ローダは事故を起こしてなくて、
死んだ二人は生きてるかも?
だから被害者の男性にアナザーアース行きのチケットを譲った。

ここまでは分かった。
ローダは男にもとの人生を取り戻してあげたかったんだよね。

で、僕の結論は、ローダの選択は「逃げ」だったと思う。



男のことを考えてみよう。
もしかしたらアナザーアースでは妻と子供は生きてるかもしれない。
でももし生きていたとしても、あっちでは男と妻と子供が3人で暮らしてるわけで。
その目の前に男が現れたら3人はどう思うだろう?
そう考えると男が救われたとは考えにくい。

男の人生が少しでも良くなるように、と思ってチケットを渡したのは嘘じゃないはず。
だけど、それで罪の意識から解放されたい、という思いも心のどこかにはあったはず。
でもローダは男に許されたわけじゃないし、物事の本質は解決してないと思う。
だから結果的にローダの選択は「逃げ」となってしまったんじゃないかと思う。

最後に目の前にもうひとりのローダがいたのも、それを表してるんじゃないかと思う。
ローダは事故を起こさなければ、順風満帆な大学生活を送っていたはずなんだから、
こっちの地球に来る理由がない。
彼女がもうひとつの地球に行きたいと思ったのは、
「あっちなら、人生をやり直せるかも」と考えたから。
つまりアナザーアースの彼女はあっちでも事故を起こし、
人生をやり直すためにこっちに来たんじゃないかと思った。

そうなると、どっちのローダも救われないよね。
元の地球のローダは罪の意識から解放されたと思ったのに、
目の前には罪から逃げ出そうとした自分がいる。
あっちからこっちにきたローダは、罪から逃れようと思ってこっちに来たのに、
目の前には男にチケットを譲った自分がいる。

葛藤の末にたどり着いた答えなのに、目の前には真逆の答えが示される。
この映画が言いたいのは、
「自分が犯した罪からは決して逃れることはできない」
ってことなのかなと思った。

ちょっと暗い解釈になっちゃったなぁ。



でもネットでいろんな感想を見たら、またわからなくなってきたかも。

心に引っかかったのがローダが入院している清掃員のおじいちゃんに
「自分を許して」と語りかけるところ。
おじいちゃんはきっと過去の罪に対して、戒めとして自分を罰することで、
罪と向き合っているのだと思う。
そんな彼にローダがかけた言葉が「自分を許して」ということ。

そうなると彼女も自分を許すための方法として、
男にチケットを譲ることにした、ということだろうか。
でも自分を許してハッピーエンドと考えると、最後のもうひとりのローダがどうしてもわからない…



もういっかい見たら、感想がまた変わりそう。
そしてローダ役のブリット・マーリングが可愛かった。

そんな映画だった。
僕から以上。

HOLES


穴。

という映画を見た。

サム・ウィトウィッキーが窃盗の濡れ衣を着せられ、
タコ部屋みたいなとこでひたすら穴を掘る話。

気弱な少年が、穴を掘ることで仲間との交流を深め、成長していく話。
こう書くと聞こえはいいけど、
ここでの交流、成長って言葉には、ポジティブな意味もあるし、そうじゃない意味も含まれてる。
でも最後には、所々の話にきちんとオチがついて、スカッと気持ちよく終わる。
わかりやすいストーリーで、子供の頃見てたらグーニーズと共に大好きになってただろうなぁ。

ある意味では「穴を掘ることで自分を見つめ直す(棒)」って施設の方針()は正しかったのかもね?
なんてね。



蛇足だけど、昔聞いた穴についてのお話でこんなのがあった。

謎の穴があって、「おーい」と声をかけてみたけど、反応はない。
そこに小石を投げ入れてみたけど、音すらしない。
その後いろんなものを投げ入れてみるけど、穴が埋まる気配は一向にない。
なんとも不思議な穴だけど、こりゃ便利だってことで、
皆はいらなくなったものをそこに捨てるようになる。
穴の噂は広がって、ゴミやら産業廃棄物やらがそこに捨てられるようになる。

その頃、地球の裏側では。
突然空から「おーい」という声が聞こえてきた。
不思議に思って空を見上げると、今度は小石が落ちてくる。

ここでこの物語はおしまい。
最初HOLEって映画見つけたとき、この話かな?と思ったけど違ったみたい。
この話、調べてみたら「おーい、でてこーい」っていうお話のようです。
そんな子供の頃に聞いた話が「HOLE」を見たきっかけでした。
終わり

僕から以上。

Saturday, June 22, 2013

頑固なじいさんが、グラン・トリノみたいな男らしい生き方をする話。




って言うと聞こえはいいけど、妻を失ったウォルトの生活はどこか虚しい。
息子には施設に入るように勧められたり、孫にはもしウォルトが死んだら車の所有権は誰のものかと尋ねられたりと、家族のあいだに確執ができている。

そんな彼の生きがいは、愛車のグラン・トリノ。
ピカピカに磨いてビールを飲みながらグラン・トリノを眺めるのが、彼の楽しみ。

一方彼の隣には、モン族のスーとタオの一家が暮らしている。
スーは気の強い女の子、それに対しタオはどこか頼りない男の子。

彼らにはチンピラの従兄弟がいて、彼はいまいちパッとしないタオを「男」にしようとそそのかす。
その「男」になる条件というのが、隣にあるグラン・トリノを盗む、ということだった。

そんな人たちが絡み合うお話。



ちなみにウォルトの愛犬のワンちゃんが従順で可愛い。
ご主人様のことを考えるワンちゃんの図。
名前はデイジー。
ウォルトの性格からしてきっと他人の家に預けられたことなんてないだろうから、
ご主人様が帰ってこないってことをなんとなくわかってたんじゃないかな?

ご主人様の葬式に向かうタオとスーを見送るデイジー。
このワンちゃんが愛しくてしょうがない。

頑固一徹


この映画で印象的なのが、復讐に燃えるタオに対し、ウォルトが勲章を授けるシーン。
この勲章は、ウォルトが戦争で敵国に攻め入り、一人だけ生き残って作戦を成功させたことに対する勲章。
きっとウォルトは、なよなよだったタオが成長し、「復讐する」というまでに勇気を持つことができるようになったこと、そして生き残れというメッセージを込めて、タオに勲章を授けたんじゃないだろうか。

生きて戻れるかどうか、という問いに対して「だから渡すんだ」と答えたところを見ると、生き残ることが大切ってことなのかも。

そしてウォルトが立てた作戦が、単身丸腰で特攻。
スーとタオが傷つかないように立てた作戦がこれだろう。
もし相手を皆殺しにできなければ、またスーとタオが報復を受ける。
そうならないためには、目撃者の多いところで自分が無残に殺されれば、チンピラどもは法の裁きを受けるだろうというもの。

結局ウォルトは家族との確執がなくなることなく死んでしまったけど、
彼なりのやり方で彼なりのケジメをつけた。
そういうところがやっぱり頑固で、でも己の信念を貫くところはかっこいい。



ハッピーエンド、とはいかず、心のどこかに引っかかりを残すものの、ウォルトの信念をもった(ただ頑固なだけ?)生き方に天晴れと言いたくなった。
問題が全て解決したわけじゃなくて、チンピラが出所してきたらどうしよう、とかスーの顔の傷は消えたんだろうか、とか不安に思うことが幾つかある。
でもそんなところとか余韻とかを味わうのが作品の楽しみ方なのかなとも思う。
僕から以上。

Saturday, May 25, 2013

モリー先生との火曜日



この映画の原作はアメリカのジャーナリスト、ミッチ・アルボムによって書かれたノンフィクションの本で、モリー・シュワルツ教授が死を前にして、かつての教え子であるミッチに贈った「最後の授業」を記録したものである。Wikipedia先生より引用)



頭の中を色んな考えがぐるぐる回ってどうすればいいかわからなくなることがある。
モリー先生の言葉はそこにすっと入ってきて、行き先を導いてくれる。
でも少し進むと、やっぱり道がわからなくなって、
モリー先生の導きを求める。
そんな映画



劇中で何度も出てくる印象的なセリフ

「人は愛し合わねば、死んでしまう」
「依存について。私は生活のすべてを人に依存して生きている。現代の文化ではそれを恥じることが多い。でもそれは恥ではない。人間は、生まれたとき、すべてを依存しなければ生きることができない。死ぬ時もそうだ。その間もそうだ。」

人は愛し合わねば、死んでしまう。という言葉の一例がこのセリフに表れていると思う。

モリー先生は誰かに介護してもらわなければ生きることができない。
赤ん坊だって誰かに世話してもらわなければ生きることができない。
じゃあその間はどうだ?
その間だってそうだろう?。
そしてその介護や世話というのは、愛がなければ成り立たない。
だから
「人は愛し合わねば、死んでしまう」
ということにつながるのかなと思った。

「死に方を知れば、生き方を知ることができる」
「老いるのが怖いのはそれまでの人生に意味をもたらしていないから」
「今日が私の死ぬ日か?
悔いのない人生だったか?
望む人間になれたか?
それを自問自答する。
死ぬ覚悟が出来ていてば、人生が変わってくる。
毎日行えば、大事なことを後回しにしない。」
過去を振り返っては今の自分を嘆いたり、年月が過ぎるのが怖かったり
っていうのは自分にはよくあること。
だからこのあたりは特に響いた。



全編を通じてモリー先生の言葉にはいろいろ考えさせられた。
なるほどと思うこともあったし、どういう意味なんだろうと思うこともあった。
それは彼が病床の老人だからというわけではなく、我々が直面する問題の本質を捉えているからなのだと思う。
人生に行き詰まったとき、この映画を見ればどこかに進む先を見つけることができるような感じがした。

ちなみに、モリー先生は「12人の怒れる男」の主人公(?)陪審員8番役のジャック・レモンだそうだ
僕から以上。